高谷敏雄はマイケル・ジャクソンの専属シェフ!料理やお店は?

こんにちはSMOKERです。

20世紀以降のポピュラー音楽といえば、誰しもが知っている「マイケル・ジャクソン」であります。

アラフォー世代なら「マイケル・ジャクソン」の歌う音楽と育ってきたといっても過言ではないといっても良いのではないでしょうか。

あの特撮で有名な「スリラー」に関しても、小学生だった私には衝撃すぎて今でもすぐに思い起こすことが出来ます。

そんな「マイケル・ジャクソン」氏ではありますが、早いもんで亡くなって2021年6月には12年もの歳月が流れます。

今でも人々の心に残るビッグアーティストではありますが、世界中に関わった人達がおられるのではないでしょうか。

ある日本人シェフにも、全く「マイケル・ジャクソン」に興味すらなかった人物がある日を境に「マイケル・ジャクソン」と親身な仲になってしまわれた方がおられます。

何とも羨ましい限りではありますが、その方は「高谷敏雄」シェフであります。

では「高谷敏雄」シェフと「マイケル・ジャクソン」氏との繋がりは料理はどんなものなんでしょうか。

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高谷敏雄シェフの人物像。

1949年東京都出身。 72歳(令和3年現在)。

職業:シェフ(料理長)。

軽井沢のホテルでシェフとして勤務していたという「高谷敏雄」シェフでありますが「マイケル・ジャクソン」が連れてきた専属シェフがあまりにもサボってまともな食事を作らなかった事もあり、1987年の「BAD」ツアー日本公演の際に専属シェフとなったそうです。

「マイケル・ジャクソン」は食が細く、ツアー中もドクターから健康が心配されていたようです。

「高谷敏雄」シェフも「マイケル・ジャクソン」に食べてもらうために、栄養バランスを考え様々な工夫をこらしていたと言います。

「マイケル・ジャクソン」はポップコーンが大好物という事もあり、口に運びやすい料理を、毎回数十品目そして、少量の料理を出していたそうです。

あんなにビッグスターでありながら、変色で少食であったら料理を作る側としてとても苦労されたのではないでしょうか!

その結果「マイケル・ジャクソン」からの信頼を得た「高谷敏雄」シェフは、日本以外のツアーも同行して欲しいとの願いもあったようです。(材料が手に入らないためお断りしたのだとか・・。)

身体にとって食事は大切でありますもんね!

どんな方にも対応が出来るであろう「高谷敏雄」シェフの料理には興味が更に湧いてしまいます。

高谷敏雄シェフとマイケルの関係。

普段人前で決して食べる姿をみせない「マイケル・ジャクソン」ではありましたが、「高谷敏雄」シェフに関しては「食事をする間、そばにいて欲しい」と言われるほどだったといいます。

それだけの信頼関係を構築出来るとは、やはり料理に愛情を持って作られている「高谷敏雄」シェフの人柄もある事は間違いないでしょうね。

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マイケル・ジャクソンが愛した料理。

どんな料理もほとんど一口位しか食べなかったという「マイケル・ジャクソン」ではありますが、唯一「高谷敏雄」シェフの作る「豆腐ハンバーグ」たげは完食したのだそうです。

肉類・カレー・スパゲティが嫌いだった「マイケル・ジャクソン」が、好きな物は日本の食品「豆腐」だったことには驚きですよね!

ましてや海外の方には苦手とされる「豆腐」を調理によって口に合うようにしてしまう「高谷敏雄」シェフは料理の魔術師であるかのようですね。

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高谷敏雄シェフのお店は?

以前「高谷敏雄」シェフは軽井沢の「葉山ホテル音羽の森 レストラン潮騒」でシェフをされていたようで、そちらのホテルでも「マイケル・ジャクソン」が食べていたものと同じメニューを提供されていた事もあったようです。

現在「高谷敏雄」シェフのお店は、北関東(茨城県?)でお店を経営され、マイケルのサインや帽子など様々なマイケルのものが見る事が出来るようです。

お店の名前にはお花の名前がついているようですが、表立って営業はしてないようです。

いかがだったでしょうか。

未だに「マイケル・ジャクソン」が亡くなった!とは思えないほど、現在でも更に存在感が増しているビッグスターでありますが、裏の顔が「高谷敏雄」シェフによって少し垣間見る事が出来たように感じます。

実際に「高谷敏雄」シェフから、当時の「マイケル・ジャクソン」のエピソードを聞いてみたいものですね!

最後までお付き合い頂きありがとうございます。

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