都倉俊一の若い頃や山口百恵との関係は?代表曲や現在の活躍が知りたい。

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こんにちはSMOKERです。

 

昭和を代表するヒット曲といえば、何を思い付くでしょうか。

 

年代にもよりますが、令和になった現在でも昭和の名曲を知っている方が多い事に驚かされてしまいます。

 

今時の若い方達も親の影響があるのか?もしくはSNSなどで知ったのかは定かではありませんが、現在でも色あせる事なく昭和の歌謡曲やホップミュージックを聴く事ができます。

 

また、海外でも昭和真っ只中の「シティ・ポップ」の音楽がブームになっている事も要因なのかもしれません。

 

さて、そんな昭和を代表する名曲の作曲家として名高い「都倉俊一(とくらしゅんいち)」氏はご存知でしょうか。

 

歌っている歌手の方はわかりますが、中々作詞家や作曲家となるとどういった方なのかわからない部分もありますよね。

 

では、第23代文化庁長官も務める「都倉俊一」氏とはどんな方で、どんな名曲を残されているのでしょうか。

 

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都倉俊一氏の人物像。

 

1948年6月東京都出身。 73歳(令和3年現在)。

 

学歴:学習院大学卒業。

 

職業:シンガーソングライター・作曲家。
   文化庁長官。

 

4歳の頃よりバイオリンを始められ、父親が外交官であったことから、小学生時代にドイツに渡り音楽の基礎を学んだという「都倉俊一」氏でありますが、12歳の時に一度帰国されます。

 

しかし中学校卒業後に再びドイツに渡りバンド活動をされていたのだそうです。

 

ドイツでの音楽教育をもとに、独学で作曲法を学んだ「都倉俊一」氏は、大学在学中に作曲家としてデビューを果たしてしまいます。

 

更にアメリカやイギリスで作曲法・指揮法・映像音楽を学び、海外各国でも音楽活動を行うようになったといいます。

 

1970年代には、一世風靡した「山口百恵」さんや「フィンガー5」なども手掛け、作詞家としても名高い「阿久悠」氏と共にピンク・レディーで大ヒットを連発!

 

当時、超人気オーディション番組「スター誕生」の審査員も務めらた方でもあります。

 

その後、「日本レコード大賞・作曲賞」や「日本歌謡大賞」など、日本の主要な音楽賞はほとんど受賞されているといいます。

 

誰もが「都倉俊一」氏の曲を聞いた事があるのではないでしょうか。ヒット曲は1000曲を超えるほどであります。

 

まさに、日本の音楽業界を引率してきた重鎮であります。

 

都倉俊一氏と山口百恵さんの関係。

 

「都倉俊一」氏は、「山口百恵」さんの初期作品の作曲家でもあります。

 

「山口百恵」さんといえば、ステージにマイクを置いた引退コンサートが今でも鮮明に思い出される、伝説の歌姫とも言われる歌手でもあります。

 

そんな「山口百恵」さんの生みの親でもあり、育ての親といっても過言ではない「都倉俊一」氏の曲は、心に沁みる、そして日本歌謡曲を作り上げてきた方でもありますよね。

 

私の世代ではありませんが、「山口百恵」さんの歌と曲には、本当に力を貰い涙も流しました。今でもレコードやCDは宝物であります。

 

「鬼滅の刃」の主題歌を作曲した女性シンガーソングライター!

 

都倉俊一氏の数ある代表曲。

狩人
「あずさ2号」「コスモス街道」。

郷ひろみ
「ハリウッド・スキャンダル」。

ピンク・レディ
「ペッパー警部」「SOS」「UFO」「ウォンテッド」「サウスポー」。

フィンガー5
「個人授業」。

山口百恵
「としごろ」「青い果実」「禁じられた遊び」
「ひと夏の経験」。

山本リンダ
「どうにもとまらない」「狙いうち」。

 

他多数のヒット曲を作曲されていますが、全部知っているといった方も多数おられるのではないでしょうか。

 

現在では、古き良き歌となってしまいましたが、自分達の幼少期から青年期にかけての王道の曲ばかりで、熱いものが込み上げてくるように感じます。

 

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都倉俊一氏の現在の活躍。

1995年 「日本作編曲家協会」理事。

2001年 「日本音楽著作権協会」理事。

2005年 「日本作曲家協会」理事。

2009年 「日本作曲家協会」常務理事。

2010年 「日本音楽著作権協会」会長。

2011年 「文部科学省文化審議会」委員。

2014年 「昭和音楽大学」客員教授。

2015年 「国際音楽創作者評議会」執行委員。

2016年 「アジア・太平洋音楽創作者連盟」執行委員会会長。

2018年 「文化功労者」選出。

2021年 「第23代文化長官」就任。

 

現在、文化長官に就任されている「都倉俊一」氏は、「日本の文化芸術を世界的にする」といったスローガンを元に活躍されています。

 

いかがだったでしょうか。

 

昭和の歌謡曲といったら「都倉俊一」氏と「阿久悠」氏が最強のコンビだった事が伺えますよね。

 

今では、様々な音楽のジャンルが生まれていますが、演歌や民謡と同様に歌謡曲も忘れてはならない音楽ではないでしょうか。

 

最後までお付き合い頂きありがとうございます。

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