中西裕也が京都で作る日本刀の世界。作品や工房へのこだわり。

こんにちはSMOKERです。

日本に古くから伝わる「日本刀」。

貴族が儀式で使う装飾されたものから、武士が実戦で使用する武器など今まで様々な用途で用いられてきました。

現代では美術品として見られる事も多いようですが、我々の世代では「チャンバラ」や「忍者」そして「侍」といった武器としてのイメージが強いはずです。

では男心を擽る「日本刀」を作る「刀鍛冶」になるにはどうすれば?と考えたことはあるでしょうか?

実は刀鍛冶(刀工)は国家資格であり、ただ単に弟子入りして技術を磨くだけではなれないのです。

全国には刀鍛冶は300名ほどおられるそうですが、刀工として活躍しているのは100名ほどなんだそうです。

そんな刀工の中に刀鍛冶の名称として、刀工「将大(まさひろ)・中西裕也(なかにしゆうや)」さんがおられます。

京都で唯一刀工としての資格を持つ「中西裕也」さんとはどんな方なんでしょうか。

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中西裕也さんの人物像。

1984年京都府南丹市出身。 34歳(令和3年現在)。

職業:刀鍛冶。

小さな頃にやった「ちゃんばら」において、紙や木で作った刀が「中西裕也」さんの刀鍛冶になるルーツでもあると言います。

昭和に生まれた人間であれば、誰しも手作りの刀で遊んだ記憶があるのではないでしょうか。少し大きくなると「木刀」での遊びになり、ケガもしばしばあったことを思い出します・・。

中学になった「中西裕也」さんは、京都国立博物館において、本物の日本刀を見た時に刀鍛冶になる事を決意されたそうです。

日本刀を集める側ではなく、日本刀を作ってしまおうと考える「中西裕也」さんには、伝統に対する魂のようなものを感じます。やはり京都人としての伝統文化に対する意識がそうさせたのでしょうか。

高校を卒業後に、刀工になるべく師匠探しから始められた「中西裕也」さんは、福島県の刀工「藤安将平(ふじやすまさひら)」氏に弟子入り、福島県に移り住みました。

師匠「藤安将平」氏のもとで7年もの歳月を修行された「中西裕也」さんは、2014年に京都府亀岡市に鍛冶場を構え現在に至ります。

刀鍛冶になるには?

刀鍛冶になるには刀匠資格を有する刀鍛冶のもとで5年以上修行を重ねなければなりません。

その後、文化庁が主催する「美術刀剣刀匠技術保存研修会」において実地試験を受け修了する必要があるのだそうです。

しかし、刀鍛冶の多くは経済的に恵まれておらず、また責任の重さから弟子をとることに消極的な方が多いそうで、運が良いか紹介者がないと中々弟子入りも難しいようです。

現実は厳しいのです、日本の素晴らしい伝統文化でもありますので、国を挙げて積極的に取り組んで欲しいものですね!

京都の日本刀の世界。

京都は有名な刀の産地だったそうです。平安時代以降に京都からの名だたる刀工があらわれ、名刀を作っていたといいます。

平安時代には「三条小鍛冶宗近(さんじょうこかじむねちか)」・鎌倉時代には「粟田口吉光(あわたぐちよしみつ)」らが特に有名な刀匠だそうで、京都で作られる刀は「山城伝」と言われています。

共通するのは真っ直ぐな「刃文」と均等のとれた「反り」といい「京反り」として知られています。

刀鍛冶のレジェンド!名門の刀匠。

中西裕也さんが作る日本刀。

刀鍛冶によって織りなす技には、この上ない日本の美術品として今後も輝き続けて欲しいものですね。

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中西裕也さんの工房。

中西裕也さんから日本刀の文化も学ぶことができ、体験する事も出来る工房となっています。

形や素材を選んで、自分自身の手で鋼を打ち延ばして「小刀」を作る体験まで出来てしまう素晴らしい工房であります。

《将大鍛刀場》(まさひろたんとうじょう)

住所:〒621-0255
京都府亀岡市梅町西加舎石敷32-1

電話:0771-22-9800

web:https://morinokyoto.jp/event/event-114278/

いかがだったでしょうか。

京都に生まれ、京都で唯一の刀工となった「中西裕也」さんの日本刀に対する気持ちには、もっとひとつの物事に対して探究心や情熱を持たなければいけないと改めて思わされました。

また体験で自分オリジナルの短刀作りも出来てしまうとのことですので、自分の宝物としての刀を作成してみるのも良いのではないでしょうか。

最後までお付き合い頂きありがとうございます。

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