西村智訓は自然を愛する農業家。新たな活動を元に水戸を盛り上げる。

こんにちはSMOKERです。

会の雑踏に疲れて、田舎の大自然でのんびり生活したいと考えた事はあるでしょうか?

毎日仕事に追われた生活をされている方であったり、定年退職をされて第二の人生を謳歌したいなど田舎の生活に憧れる方は沢山おられるはずです。

私ごとではありますが、近所に「キタキツネ」「熊」が出るような田舎育ちでした。

大人になるにつれ、都会に憧れ、いつの間にか何かと便利な地域での生活を何十年もしてしまっています。

しかし、年を取るごとに田舎での生活に戻りたいという考えもあります。

なぜ老後は、自然の中で生活をしたいと考える方が多いのでしょうか?

自然に返りたい・自然に還るといったような「自然の摂理」が人の中で働くのでしょうか?

何かと複雑ではありますが、それはさておき・・。

自然を満喫しながらのびのび生活がしたいとの事で、早期退職後に農業の道に進んだ「西村智訓」さんのご紹介です。

羨ましいとの気持ちと共に憧れもあり、どんな方なのか気になってしまいました。

では「西村智訓」とは、どんな方なんでしょう。

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西村智訓さんの人物像。

西村智訓さんは、埼玉県出身の48歳(令和2年現在)。通称:ニッシー!

子供の頃は、親の仕事の都合でブラジルサンパウロ市で過ごし、その学校の近くのジャングルでよく遊んでいたそうです。

日本の森林とは違い、ブラジルといえば「アマゾン盆地」があります。次元の違うジャングルで遊んでいたという事は、かなり「緑」に対する影響が、あったのではないでしょうか。

ブラジルからの帰国後に、大学で森林資源について学び、森づくりの活動で奥さんの「美果絵」さん(45歳)と出会って結婚されたそうです。

西村智訓さんは、都市緑化の会社で働き、奥さんは造園会社に就職。

その後、西村智訓さんは、駅ビルなどの屋上に菜園を作るプロジェクトにおいて、どうしたら美味しい野菜を作る事が出来るのか?と農業に対しての興味が湧いたといいます。

2010年に早期退職し、知り合いのつてで畑を借りる事の出来た水戸市に移住してきたそうです。

凄く充実された人生を歩んでおられますよね!

私もいつかこのようになりたい!と思わされ、勇気をもらったように感じます。

西村智訓さんの経歴。

西村智訓さんは、大学の頃、農学や林学科で森づくりを学んだそうで、街と里を結びつける「山緑ネットワーク」の代表も務められています。

また、市民で組織する「ウォータードアーズ」に参加し、桜川の浄化に積極的に取り組んだりする事で水戸市の人達との人脈や、存在感をアピールしていったようです。

おおらかで裏表のない性格に、地元水戸市の人以上にその魅力を伝える事に貢献してるそうです。

陽気な国ともいわれるブラジルでの生活が、西村智訓さんの明るい人格を作ったのかもしれませんね!

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西村智訓さんの活動。

西村智訓さんが本格的に専業農家となったのは2017年の夏から。

水戸の農地と首都圏を結びつけた!ともいわれる西村智訓さんは、現在「晴れ晴れファーム」という農園で、「ニンニク」「かぼちゃ」「ネギ」「ブロッコリー」「イタリアントマト」「なす」など、地元のスーパーや直売所、レストランなどに出荷しています。

収穫後に、「山の料理人ニッシー」に称して、ダッチオーブンを使った料理であったり、丸太や竹を使って焼き上げる豪快な野外料理を振る舞う事もあるようです。

農業の傍ら放送局の営業担当もされていたそうで、多彩な活動をされています。

是非!「山の料理人ニッシー」のもてなす料理を堪能してみたいものです。

イベント等などの活動もされているようですので、家族で参加できたら楽しい事は間違いないのではないでしょうか!

世界初の「コスモス」を作った育種家!

西村智訓さんの思い。

水戸の野菜を、誇りを持ってもっともっと伝えて行きたいという想いと、野菜が豊富で美味しい食べ物、そしてゆったりしていて住みやすい水戸の魅力を知ってほしいという西村智訓さん。

多くの人達と繋がり、新しい時代の「楽しい農園」を作っていくための活動を日々行なっているそうです。

いかがだったでしょうか?

近年、農業をしたいと田舎に移住する人たちが増えてると聞きますが、現実は町の人達や思っていた状況と違うと挫折する方も沢山おられると言います。

町内会や町ぐるみの取り組みに慣れていない人達には分からない世界なのでしょうか?

田舎では横のつながりが大切です。

地方改正ではないですが、今後の地方の住民確保に「西村智訓」さんのような改革の人達が増える事が今後の日本において大切なのではないでしょうか!

最後までお付き合い頂きありがとうございます。

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