ザ・ドリフターズには、志村けんさんの印象が絶大!今のお笑いを支えた重鎮。

(引用:Amazon)

こんにちは!SMOKERです。

幼少の頃夢中になって見ていた「8時だョ!全員集合!」

平成世代には、あまり馴染みがないかもしれませんが、私達40代から50代の昭和世代にはまさにドストライク!

その中でも中心的存在で、人気を博していた「志村けん」さんが、令和2年3月29日に亡くなりました

思わず仕事中にも関わらず、この衝撃に声を上げてしまうほど、私の人生の中ではショックな出来事です。

いつか自分が住む街にも「8時だョ!全員集合!」の舞台が来てくれる事を、待ちわびていた事を思い出します。

何十年経っても、未だに色あせる事のない「ザ・ドリフターズ」のお笑い、そして今でも「AmazonプライムTV」「Hulu」「Netflix」などのお笑いチャンネルには欠かす事のないお笑いの怪物集団となっていますが、実はザ・ドリフターズは音楽バンドであった事はご存じでしょうか?

リーダーであった「いかりや長介」さんに続き最年少であった「志村けん」さんまでお亡くなりになってしまいましたが、昭和のお笑いスターを振り返ってみます。

ザ・ドリフターズ

お笑いコント集団と思われがちの「ザ・ドリフターズ」は元は音楽バンド(コミックソング・ロカビリー)からが始まりです。

前期バンド時代は、バンドの移籍文化もあり、メンバーの移り変わりが激しかった時代、初期のメンバーには、日航機墜落事故で亡くなった「坂本九」さん・ヒット曲(上を向いて歩こう)や、スターどっきりマル秘報告でお馴染みだった「小野ヤスシ」さんもいましたが、新リーダーに就任した、いかりや長介さんに反発して他の4人と共に脱退。

残ったメンバーは、いかりや長介・加藤茶さんになり、後に(なんだバカやろー)の荒井注・高木ブー・仲本工事・綱木文夫さんの6人体制の新生ドリフターズになりました。

その後、荒井注・綱木文夫さんが抜け、正式見習いとして「志村けん」さんが加入。正式メンバーではないが「すわ親治」さんも紹介されています。

私が認識している「ザ・ドリフターズ」のメンバーとしては、いかりや長介・加藤茶・志村けん・高木ブー・仲本工事さんです。一般的には、このメンバーでコントをするお笑い集団ではないでしょうか。

出典元:photoAC

音楽バンドとしての功績

世間での「ザ・ドリフターズ」は、お笑いのコントグループと認識されている方は多いのではないでしょうか!

実は1966年の「ビートルズ」日本公演の前座を務めた事があるほどの実力バンドという事は意外に知られていないのかもしれません。

いかりや長介(ベース)・加藤茶(ドラム・ボーカル)・仲本工事(ギター・ボーカル)・高木ブー(ギター・キーボード)・志村けん(ギター)と各個人は楽器のプロでもあります。

そして歌謡グループとしての活躍やコミックソング等で「第12回日本レコード大賞大衆賞」「第1回日本歌謡大賞放送音楽賞」や「第21回NHK紅白歌合戦」辞退「第52回NHK紅白歌合戦」出場などの音楽での功績を残している。

一見、志村けんさんは、音楽や楽器とは関りが余りないように見えがちではありますが、キーボードやギターを弾いており、ソウルミュージックにも精通しているそうです。

そして、三味線が趣味としてCMでの演奏する姿は本当に弾けるのか?と疑ってしまうほどでした。

また、ビートルズの大ファンでもあり、ビートルズのレコードコレクターとしいても有名で所有枚数はかなりの数を所有しているようです。

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志村けんさんといえば?

本名・志村康徳(やすのり)1950年(昭和25年)2月20日、東京・東村山生まれ。ザ・ドリフターズの付き人を経て、1974年に正式メンバーに。

「バカ殿」「変なおじさん」は今の世代でも分る方は多いのではないでしょうか。

私達の昭和世代では、白鳥の湖の着ぐるみを着た姿・スイカの早食い・東村山音頭、加藤茶さんとの髭ダンスが今でも劇的に印象に残っております。

私の子供達にも変なおじさんのダンスを伝授した事があり、親子2代に渡り同じギャグで楽しませてくれる人は中々いません。

8時だョ!全員集合!を見るのか?

俺たちひょうきん族を見るのか?

当時の子供達は学校で派閥が出来るほどの人気が均衡していましたが、結局はひょうきん族に負けた形となり幕を下ろします。

幼少の頃、志村けんさんと加藤茶さんの大ファンであった私は、ひょうきん族を見ていても、全員集合のコントが忘れられず、そこまでのめり込むことが出来ませんでした。

あくまで学校の話題についていくために見ているといった状態・・・がある時から「加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ」が始まり、全員集合の時よりも熱心に見ていた気がします。

まとめ

まだこれから、志村けんさんの活躍を見たかった方は沢山おられます。(私も含め)

身をもって、新型コロナウィルスの怖さを世間にしらしめる結果となってしまいましたが、これからも私達の心の励みとして存在してくれるはずです。

志村けんさんの、いちファンでしかありませんが、心からお悔やみ申し上げます。

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